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不動滝に行く


先週の土曜日に雷山の中腹にある不動滝に行った。
今月初めに見た糸島新聞に、不動滝の側にある不動堂が地元で管理しきれなくなったので、雷山千如寺に移すという記事を見たからである。私は小学校の頃、家族で不動滝のさらに上にある神籠石によく行っていた。今は跡しか残っていないが、神籠石の上にある筒城神社が皮膚病に効くということで、1年生の頃に皮膚病を患った私を連れて、筒城神社に参りに行っていたのである。
糸島市飯原という集落からさらに進むとやや広い駐車スペースがあって、そこに車を止めて山道を登っていく。しばらく進んだ場所に不動滝があった。そこで少し休憩してさらに上を目指し神籠石まで行っていた。今から25年ほど前の話である。

不動滝は、雷山の中腹にある不動池という貯水地から流れ出す川が滝となった場所で、滝のすぐ側にお不動様を祀る不動堂がある。うちの祖母は、私の実家のある集落の老婆数人と、月に1回ほど、その不動堂に御籠りに行っていた。祖母たちは自転車に乗って有田から飯原まで行き、そこから山を上って不動滝まで行って御籠りをしていた。御籠りといっても、不動堂に到着すると、お不動様にお参りをして、お堂の掃除などをし、持ってきたお菓子やお茶を食べたり飲んだりしながら1日中お堂の中で雑談をするというようなもので、普段家では公にお菓子を食べたり雑談したりというようなことがなかなかできなかった時代に、お不動様に御籠りに行くという大義名分で行っていたものと思われる。

さて、25年ぶりに訪れた不動堂は、25年前とあまり変わっていなかった。しいて言えば、そこにいたるまでの道のりが違っていた。当時は飯原から登らないと神籠石まで行くことができなかったが、近年は雷神社の裏に立派な道路ができていて、車で神籠石まで行って山道を下るということが可能になっていた。山道も杉の間伐が行われていて森の中はすごく明るかった。

さて、山道をかなり下って不動滝に到着した。お堂の周りには御不動様の石像がいくつかあったが、いずれも新しい花が行けられており、毎日集落の人が登ってきてお花を上げているのだろうと思った。

お堂は石垣に囲まれており、お堂の後ろに滝が流れている。

お堂の扉が開いていたので中に入り、うちの祖母がそうしていたように、箒で掃いてお不動様に参り、折りたたみの小さなテーブルがあったので、それを出してお茶とお菓子でしばしお籠りのようなことをしてみた。八畳一間のお堂の窓からは不動滝と糸島平野が望める。かつて、仙涯さんがここに遊び、幕末期には野村望東尼も滞在していたというこのお堂が、近い将来無くなってしまうのは大変おしいことである。現にこの翌日(4/26)にはお不動様は千如寺に移られる。幾らかでもここでお不動様籠りをしていた祖母たちの話を聞きとって保存しておきたいと思った。

お堂は5月5日に解体されるそうです




 

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  • 2018.06.14 Thursday
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